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URLとテキストを渡すとHTMLのリンク形式に整形してくれるスクリプトです。久しぶりにcgi書いたら、なんか鈍ってて、微妙なバグが残ってしまいました。最終行が処理できない、というバグです。これは、「空行」を最終行に与えてやることで回避できます。バグとりが済んでいないのでβ版ということにしましたorz
http://twitter.com/hrkt0115311/statuses/932044315
http://twitter.com/hrkt0115311/statuses/932044488
http://twitter.com/hrkt0115311/statuses/932045301
http://twitter.com/hrkt0115311/statuses/932045516
http://twitter.com/hrkt0115311/statuses/932045911
http://twitter.com/hrkt0115311/statuses/932046085
http://twitter.com/hrkt0115311/statuses/932046211
http://twitter.com/hrkt0115311/statuses/932046420
http://twitter.com/hrkt0115311/statuses/932046588
http://twitter.com/hrkt0115311/statuses/932046712
http://twitter.com/hrkt0115311/statuses/932046849
http://twitter.com/hrkt0115311/statuses/932046977
http://twitter.com/hrkt0115311/statuses/932047308
http://twitter.com/hrkt0115311/statuses/932047417
発作的・ルサンチマン考
ルサンチマンってウルトラマンか何かの仲間ですか? 「承認」とか「ルサンチマン」とか、便利そうな言葉が飛び交っていて違和感を覚えます。平易な言葉でも分かりやすく表現できることが語彙の豊富さではないのかな。
それとも、厳密に用語を設定しないといけないのかな。よくわからない。
「影響力の武器」じゃないけれど、「ようは嫉妬でしょ?」「あなた、それ持ってないし、私は持ってるもんね」みたいな展開でレッテル貼りしてしまうのは、考えることをやめるための手段ではないだろうか。
「権威」(影響力の武器でいうところの)を信じて考えるのをやめることと、大差ない気がする。
文章を書くときに「根本動機」を意識することは大切なんだけど、文脈を読んだり、相手の発言の根本動機を把握するのは意外と難しいと思う。理由は一つじゃないから。
「もしかしたら、嫉妬からの発言かもしれないけど何?」「もしかしたら自慢したいだけかもしれないけど、何?」と、話を聞いてから、レッテル貼るなり分類するなりしてもいいんじゃないだろうか。
というか、順番としてそうしないと、損していると思う。「ようは嫉妬だよね・それって自慢でしょ」の応酬は、思考停止ワードで循環してるだけなんじゃないかな。
AさんにとってBさんはどうしても理解できない。でも、CさんはBさんよりだけど、Aさんについてはマイナス評価しているけれど一応理解している。Dさんはその逆。一人の人にとっては死角があるように「どうしても馬が合わない人」が存在するはず。
でも、ディアスポラで、次元の違う生物と意思疎通するためにコピーを繰り返して「橋渡し」をした存在のように、価値観の違う他者をまじえれば、誰からも理解されない人を減らすことができないだろうか。
理想論かもしれないけれど、私の前で自慢(したいなら|せざるを得ないなら)受け止めたい。「ようは嫉妬だよね」と烙印押して話を打ち切りたくない。「聞く技術」を育てれば、そういう対応がとれるようになるのだろうか。
ルサンチマンってじつはなくて、賢い人が「この問題・話題と関わらない」と、シャッターおろすための道具だったり、煽られて焦りまくった人が堂々巡りして煮えてる状態を、別の名前で呼び直しただけなんじゃないかな。
想像力(笑) ポジティブ教(笑) などなど、色んな言葉あるけれど、よく聞いて考えて選んで豊かになる人はいても、嘲笑して財をなした人った少ないんじゃないかなぁ。
豊かさの定義もきちんとしてないし、人生の目的は必ずしも豊かになることが目的ではないかもしれないからなぁ。
ただ、考え方違う人と話す際に、お互いの相容れないルールをおしつけあわないことと、話をするだけの信頼関係を維持する上で、「ようは嫉妬でしょ」のレッテルはりは、世界狭めて損していると思う。
「嫉妬からの発言ではない。ただ、仮に嫉妬からの発言だとして、とりあえず言いたいことあるんだけど、聞いてもらえますか」「どうぞ」みたいなやりとりができると、すごく豊かだと思うんだけどな。以上。
という二つの情報を与えてあげると、行ごとに対応させてリンク張り、以下のように出力します。(箇条書きは手動で追加しました)
- 発作的・ルサンチマン考
- ルサンチマンってウルトラマンか何かの仲間ですか? 「承認」とか「ルサンチマン」とか、便利そうな言葉が飛び交っていて違和感を覚えます。平易な言葉でも分かりやすく表現できることが語彙の豊富さではないのかな。
- それとも、厳密に用語を設定しないといけないのかな。よくわからない。
- 「影響力の武器」じゃないけれど、「ようは嫉妬でしょ?」「あなた、それ持ってないし、私は持ってるもんね」みたいな展開でレッテル貼りしてしまうのは、考えることをやめるための手段ではないだろうか。
- 「権威」(影響力の武器でいうところの)を信じて考えるのをやめることと、大差ない気がする。
- 文章を書くときに「根本動機」を意識することは大切なんだけど、文脈を読んだり、相手の発言の根本動機を把握するのは意外と難しいと思う。理由は一つじゃないから。
- 「もしかしたら、嫉妬からの発言かもしれないけど何?」「もしかしたら自慢したいだけかもしれないけど、何?」と、話を聞いてから、レッテル貼るなり分類するなりしてもいいんじゃないだろうか。
- というか、順番としてそうしないと、損していると思う。「ようは嫉妬だよね・それって自慢でしょ」の応酬は、思考停止ワードで循環してるだけなんじゃないかな。
- AさんにとってBさんはどうしても理解できない。でも、CさんはBさんよりだけど、Aさんについてはマイナス評価しているけれど一応理解している。Dさんはその逆。一人の人にとっては死角があるように「どうしても馬が合わない人」が存在するはず。
- でも、ディアスポラで、次元の違う生物と意思疎通するためにコピーを繰り返して「橋渡し」をした存在のように、価値観の違う他者をまじえれば、誰からも理解されない人を減らすことができないだろうか。
- 理想論かもしれないけれど、私の前で自慢(したいなら|せざるを得ないなら)受け止めたい。「ようは嫉妬だよね」と烙印押して話を打ち切りたくない。「聞く技術」を育てれば、そういう対応がとれるようになるのだろうか。
- ルサンチマンってじつはなくて、賢い人が「この問題・話題と関わらない」と、シャッターおろすための道具だったり、煽られて焦りまくった人が堂々巡りして煮えてる状態を、別の名前で呼び直しただけなんじゃないかな。
- 想像力(笑) ポジティブ教(笑) などなど、色んな言葉あるけれど、よく聞いて考えて選んで豊かになる人はいても、嘲笑して財をなした人った少ないんじゃないかなぁ。
- 豊かさの定義もきちんとしてないし、人生の目的は必ずしも豊かになることが目的ではないかもしれないからなぁ。
- ただ、考え方違う人と話す際に、お互いの相容れないルールをおしつけあわないことと、話をするだけの信頼関係を維持する上で、「ようは嫉妬でしょ」のレッテルはりは、世界狭めて損していると思う。
- 「嫉妬からの発言ではない。ただ、仮に嫉妬からの発言だとして、とりあえず言いたいことあるんだけど、聞いてもらえますか」「どうぞ」みたいなやりとりができると、すごく豊かだと思うんだけどな。以上。
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